飼い犬や飼い猫の不妊手術は、ほとんどの動物病院で行われています。
飼育されている犬猫に、最も多く行われる手術です。
しかし、のら猫の不妊手術は飼い猫の手術と少し違います。
のら猫の手術は特殊であるうえに、人間に慣れていないため、診療、治療をお断りする病院もあります。
なにが特殊なんでしょうか?
今回は、のら猫の手術と飼い猫の手術の違いを説明します。
また、なぜのら猫の不妊手術が特殊なのか、受け入れのできない動物病院があるのか、僕自身がのら猫の手術で大切にしていることについても説明します。
のら猫と飼い猫の違い
のら猫と飼い猫はなにが違うかわかりますか?
のら猫の定義は「人間の生活圏に生活するネコのうち、特定の飼い主が存在せず、屋外で生活する個体の総称。」とされています。
簡単にいえば、飼い主がいなくて、外で過ごしている猫です。
飼い主がいる外飼いの猫は、外にはいるけど飼い猫です。(後述)
のら猫の特徴を確認しながら、手術の注意点も説明します。
特徴はこちらです。
のら猫の特徴
- さわれないことが多い
- 長い間、保護できない
- 手術前ののら猫の体に関する情報がほとんどない
ひとつずつ確認していきましょう!
さわれないことが多い
のら猫は人に慣れていないことも多く、簡単にさわれません。
普段、人との関わりが少ない猫をさわろうとすれば、強烈な猫パンチが飛んできます。
のら猫が凶暴と言うわけではなく、人の手のぬくもりを知らないために、恐怖心からとっさに手が出てしまうのだと思います。
ほとんどの飼い猫は、キャリーや洗濯ネットに入れて、動物病院へ運びます。
しかし、近寄ることすら難しいのら猫は、捕獲器という猫を捕まえる道具を使って動物病院へ運びます。
捕獲器の説明はこちらです。
さわれない猫の診療は、危険がつきものです。
のら猫の診療になれていないと、大ケガをしてしまうこともあります。
そのため、のら猫の手術や診療をしていない動物病院もたくさんあります。
動物病院によっては、猫を洗濯ネットに入れてくれば手術可能という場合があります。
しかし、近づくことすら難しいのら猫を洗濯ネットに入れるのはとても難しく、入れる時にケガをするかもしれません。
洗濯ネットに入れなくても手術をしてくれる動物病院を、探した方が安全かもしれません。
長い間、保護できない
さわれないのら猫を長い間、自宅に保護しておくことは難しいと思います。
理由は、猫同士で感染する病気があるからです。
のら猫を2匹以上保護した場合、のら猫同士で感染することもありますし、保護宅で飼われている猫にも感染することがあります。
また、ノミなどの寄生虫もうつることがあるためです。
のら猫の手術を多数している動物病院の多くは、手術を受けさせた日は自宅の玄関などで様子をみて、次の日元の場所に戻すようにと、指示をすることが多いです。
しかし、抜糸が必要な手術の場合は、2週間くらい猫を自宅で保護する必要があります。
長い期間、エサを与えたり、トイレ掃除をすることは大変な労力がかかります。
抜糸ができるまで自宅で保護の必要があると言われた場合は、別の病院を探した方が良いと思います。
捕獲したのら猫の手術前の情報がほとんどない
飼い猫の場合は手術前に診察や検査をしてから、麻酔や手術をします。
手術の前に情報があって、状態が悪ければ手術を中止するか、状態により配慮した処置や手術ができます。
しかし、のら猫の場合は、手術の前に診察や検査をすることはできません。
麻酔をかけてから、猫の状態を知ることになります。
猫がケガをしていたり、猫風邪だったり、痩せていたり、妊娠していたり、重度に脱水していることもあります。
事前に準備ができないため、その場でできる処置をします。
重度に状態の悪い猫に麻酔をした場合、手術をする前に亡くなってしまうこともあります。
首都圏では、飼い猫は完全室内飼いが多いです。
首都圏から離れて、地方に行くほど外飼いの猫(※)が多くなります。
のら猫の世話を外でしている「餌やりさん」と、外飼いの猫を飼っている「飼い主さん」の、境界があいまいになっていることが多いです。
明らかに、のら猫であるにも関わらず、不妊手術を進めようとせずに、飼い猫であると言い張るケースもあります。
外飼いは交通事故や感染症のリスクがあります。
飼い猫であるなら、完全室内飼育と不妊手術を推奨します。
猫の繁殖力については関連記事をご覧ください。
※ 外飼い猫とは、飼い猫だけど家の中と外を自由に行き来できる環境で飼育することです。
のら猫の診療をしない動物病院があるのはなぜか?
飼い猫とのら猫は全く同じ動物種です。
食肉目、ネコ科、ネコ亜科、ネコ属、イエネコですね。
同じなんだけど、動物病院によってはのら猫を診察してもらえないこともあります。
のら猫を診療しない動物病院が悪い、ということではありません。
のら猫の診療をしない理由は、次のようなことです。
動物病院がのら猫の診療をしない理由
- 猫同士の感染症の問題
- スタッフがのら猫の扱いに慣れていない
- 人への感染症の問題
のら猫は様々なウイルス、細菌、寄生虫に感染している可能性があります。
これらは猫同士で感染する可能性があり、動物病院に連れて来られている飼い猫への感染を予防するためにのら猫の診察は控えることはあると思います。
特に抗がん剤や、免疫抑制剤を使っている猫は感染症にかかりやすいため、感染症にかかっている猫とは隔離した方がいいです。
また、獣医師や動物看護士がのら猫の扱いに慣れていないと、大ケガをすることがあります。
のら猫の扱いに慣れていないスタッフを守るために診療しないのは当然のことです。
ケガの危険もありますが、猫から人に感染する病気もあります。
猫ひっかき病、トキソプラズマ症、重症熱性血小板減少症(SFTS)などです。
のら猫に慣れていなければ、スタッフがこれらの感染症にかかりやすくなります。
以上の理由から、すべての動物病院でのら猫を診察する必要はないと考えています。
のら猫の扱いに慣れている動物病院で診療を受けた方が、猫にも人にも安全です。
のら猫の手術で大切なこと
最後に、獣医師として僕自身が、のら猫の手術に必要だと考えることをご紹介します。
次のようなことです。
のら猫の手術で大切なこと
- 1回の麻酔で不妊手術とその他の必要な処置が完結すること
- 傷口を小さくし猫の負担を減らすこと
- 低価格であること
1回の麻酔で不妊手術とその他の必要な処置が完結すること
のら猫の手術と飼い猫の手術は明らかに違います。
飼い猫は手術前に検査や予防接種ができますが、のら猫にはできません。
手術後数日で外に戻すことが多いため、あとで外す必要のあるエリザベスカラーや、脱がさなければならない術後服を着せることもできません。
通常、手術後2週間程度でする抜糸もできません。
のら猫は来院した日に麻酔をかけられ、その日1回だけ処置を受けて外に戻されることがほとんどです。
だからこそ、その場でできる限りの処置をしておく必要があると思います。
傷口を小さくし猫の負担を減らすこと
のら猫は外に戻してしまうと、再び捕獲するのは困難です。
手術のやり直しは基本的にできません。
完成度が高くてやり直しのない、安全性の高い手術が求められています。
飼い猫の手術では、手術の傷が大きくても問題ありません。
獣医師が安全に手術できる傷の大きさで、皮膚を切ればいいと思います。
猫が術後に傷をなめたとしても、エリザベスカラーをすれば傷が開かずにすみます。
手術後に多少元気がなくなっても、飼い主がケアしてくれます。
しかし、のら猫の場合は傷が大きいほど手術後のリスクが高くなります。
術後の回復も遅くなる上に、傷が開いても人に気がついてもらえないからです。
のら猫の手術では、傷は小さい方がメリットは大きいと思います。
傷が小さいと縫合の回数が少なくなります。
結果として、手術時間が短く、猫の体への負担が少ない手術ができます。
低価格であること
誰だって安い方がいいと思います。
のら猫の場合は、1匹だけ手術して終わることはほとんどありません。
たいていの場合、親子だったり、兄弟だったり、複数の猫がいます。
なるべく低価格で、複数の猫を手術する必要があります。
傷が小さくて(うまい)、やすい、はやい、牛丼のような手術が、のら猫には必要です。
牛丼好きですよね?
まとめ
のら猫と飼い猫は同じ動物種でありながら、特性が大きく違います。
動物病院によっては、のら猫の診療を行わないことがあります。
のら猫の診療を希望する場合は、事前に動物病院に問い合わせて受け入れ可能か確認しましょう。
もしあまり来院して欲しくなさそうなら、のら猫の診療に慣れていない可能性もあります。
他の動物病院を探してみるのも、いいかもしれません。
猫にとっても、猫を保護した方にとっても、安全で納得のいく医療が受けられると嬉しいです。