多頭飼育崩壊はなぜ起こるのか?

稲垣将治
獣医師
猫の問題を減らすために日々奮闘
2014年野良猫の不妊手術専門病院開業
2019年保護猫カフェさくら開業

「多頭飼育崩壊」という言葉は、最近テレビでもよく耳にします。

相談者様

猫や犬がかわいそう。

相談者様

汚くて臭くて、人や動物が住める状況じゃない。

相談者様

精神的な病気の人だから仕方がない。

悲惨な現場をテレビで見た人から、様々な感想があると思います。

僕は獣医師として、たくさんの多頭飼育崩壊の現場で手術を行なってきました。

実感として、ごく普通の人にいつでも起こることだと感じています。

今回は、多頭飼育崩壊がなんで起こるのか考えていきましょう。

目次

多頭飼育崩壊とは?

ゴミの中に猫50匹と人2人が生活していた
ねこもりさんInstagramから引用

多頭飼育崩壊とは、飼育している動物の数が増えすぎて、衛生的に管理できる能力を超えてしまっている状態です。

猫が5匹でも、衛生的に管理できなければ崩壊しています。

猫が500匹いる施設でも、衛生的に管理できていれば多頭飼育崩壊ではありません。

つまり人と猫にとって、清潔な状況を維持できるかということがポイントになります。

詳細は環境省のHPに詳しく書かれています。

文章を読むのが得意な方は、こちらを参考にして下さい。

「人、動物、地域に向き合う多頭飼育対策ガイドライン~社会福祉と動物愛護管理の多機関連携に向けて~」

https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/pamph/r0303a.html

環境省HP

どんな状況?

ネコスペInstagramから引用

衛生的ではない環境とは、写真のような状況です。

家の中にはゴミが散乱して、猫の糞が積み重なって乾燥していました。

猫が引っかいて、ふすまは完全に破壊されています。

この部屋で猫50匹と飼い主2人が生活していました。

余談ですが、手術当日は猫を捕まえるために押し入れの中まで入り込んでいきました。

中は乾燥して細かくなった大量の糞だらけで、それを吸い込んでしまい、その後数日は気管支炎を起こしました。(汗)

こちらのご自宅はすごく汚くはありませんでしたが、近親交配で遺伝的な異常とみられる奇形がみられました。

多頭飼育崩壊の動物は通常よりも奇形が多く、リスクの高い手術となります。

多頭飼育崩壊が起きる原因

長年集めた雑誌や家具が積み重なっています

誰も多頭飼育崩壊したいと思いませんが、日本中でこのようなことが起こっています。

なぜ多頭飼育崩壊が起こってしまうのでしょうか?

原因はひとつではなく、次のようなことが考えられます。

  • 動物の繁殖力への知識の不足
  • 動物に対する愛情
  • 経済的貧困
  • 地域社会からの孤立
  • 飼い主の高齢化や健康状態の悪化
  • 精神的な病気(アニマルホーダー)

ひとつずつ確認していきましょう。

動物の繁殖力への知識の不足

これが一番大きいと感じます。

いくら経済的な貧困があっても、ある程度知識があれば問題は起こりません。

最初の1匹だけ不妊手術できていれば、それ以上動物が増えることはないからです。

最初の1匹目を確実に不妊手術することは、とても大切なことです。

猫の繁殖力に関する記事は、こちらをご覧ください。

猫は1回の出産で平均4匹出産します。

この時点で母猫と合わせて5匹です。

一般的な動物病院だと、猫の不妊手術には3万円程度かかります。

この時点で15万円となり、かなり高額となります。

不妊手術をしないでいると、その仔猫が生後半年で発情して妊娠します。

母猫が仔猫のオスと交尾することも、当たり前にあります。

次の出産で猫の数は20匹近くになります。

不妊手術の費用は60万円程度になり、簡単に払える金額ではなくなります。

一番最初の1匹を手術しておくという知識が、経済的な負担を大きく減らしてくれます。

動物に対する愛情

多頭飼育崩壊が発覚すると、飼い主に対する非難が集中します。

動物がかわいそう、愛情不足、ネグレクトなどの感情がわくと思います。

しかし、僕が出会ってきた飼い主さんの多くは、動物に対する愛情を少なからず持っていました。

ご飯をしっかりと食べて、まるまるとしている猫もいました。

50匹の猫がいても、1匹1匹に名前が付いていることもあります。

本当に愛情がなければ、生まれた動物はすぐに捨てられるはずです。

川に流されたり、土に埋められたり、海に捨てられたり…。

捨てることもできず、繁殖を抑えることもできなかった家庭で、多頭飼育崩壊が起こります。

崩壊している家庭の動物はかわいそうかもしれません。

しかし、必ずしも愛情がなくて崩壊しているわけではないのです。

最初の1匹の手術をしなかったことによって、繁殖力を抑えられなくなった状況です。

経済的貧困

多頭飼育崩壊と経済的貧困がセットであることは多いです。

前述したように、動物の数が増えるほど不妊手術などにかかる医療費が高くなります。

最初の1匹の不妊手術費用を準備できずに様子をみてしまうと、1年で崩壊します。

多くの場合は飼い主自身の資金では解決できずに、地元のボランティアを介して助成金、寄付、無料手術制度などを利用することになります。

多頭飼育崩壊の動物の頭数が多い場合は、財団法人どうぶつ基金を利用することで負担を小さくできます。

地域社会からの孤立

多頭飼育崩壊してしまう家庭は、ご近所付き合いが苦手なことが多いです。

特に猫の場合は、カーテンを閉め切れば鳴き声もしないため、崩壊していることに隣人も気が付かないこともあります。

早い段階で近所の方に助けを求めることができたら、早期に解決できるはずです。

ご近所付き合いが希薄になっていることも、多頭飼育崩壊を引き起こす原因となります。

飼い主の高齢化や健康状態の悪化

元々多頭飼育していた家庭で、飼い主の高齢化や入院などによって、動物の世話ができなくなることがあります。

多頭飼育していた飼い主の親族が、動物の世話を継続できれば多頭飼育崩壊にはなりません。

しかし、親族が世話を放棄してしまうことが多いです。

放棄されたら猫は外に出されて外猫なりますが、エサの探し方を知らないため生きていくことすら大変です。

精神的な病気(アニマルホーダー)

アニマルホーダーとは、動物をため込んでしまう精神障害者のことです。

強迫性障害の一種と考えられています。

つまり、動物を集めないと気がすまない病気、ということです。

ゴミをたくさん集めてゴミ屋敷になっている家をテレビで見ることもあると思いますが、これも強迫性障害の一種です。

動物を集めてためてしまうか、ゴミを集めてしまうかの違いです。

動物を保護して譲渡活動をする方はアニマルホーダーではありません。

動物愛護活動家は、衛生的に管理できるだけの頭数を保護して、新しい飼い主を探します。

ところがアニマルホーダーの場合は新しい飼い主探しをほとんどしません。

譲渡活動をしていてもペースが遅く、保護猫が増えて飼育環境が悪化していきます。

本人は動物愛護活動家と主張しますが、新しい飼い主探しをせずに動物をため込み、アニマルホーダーになっていることもあります。

多頭飼育崩壊の猫の特徴

押入れに猫が隠れているので、ゴミを掘り返しています

多頭飼育崩壊は特殊な環境です。

過酷な環境や強いストレスから、様々なことが猫に起こっています。

通常の家庭の猫では考えられないような、習性や体質を持っていることがあります。

トイレを覚えられない

猫は本来きれい好きで、教えなくてもトイレをすぐに覚えてしまうことがほとんどです。

多頭飼育崩壊の猫はトイレを覚えておらず、色々なところで糞尿を排泄してしまうことがあります。

家の中は掃除が行き届いていないため、部屋のいたる所が糞尿だらけで、糞が山のように積もっていることもあります。

そんな環境下の猫は、トイレを探して排泄するという習慣は身につけられません。

先天的な奇形が多い

多頭飼育崩壊の始まりは、1匹の母猫であることが多いです。

母猫と子猫、子猫同士が交尾して爆発的に猫が増えます。

つまり、近親交配が原因で先天的な奇形がとても多い現場です。

手足の一部に欠損があったり、顎が変形していたり、両側潜在精巣のオス猫もいました。

雑種猫で両側の潜在精巣は、とても珍しいです。

また、神経的な異常のために、麻酔の反応が正常ではなく、覚醒の時に異常なほど興奮することがあります。

先天性の奇形が多い多頭飼育崩壊の麻酔や手術は、通常よりもリスクが高く注意が必要です。

猫が臭う

猫は自分で毛づくろいをするため、通常はほとんど匂いません。

しかし、多頭飼育崩壊の現場ではいたるとこに糞尿があるため、猫が体をきれいにできず独特の体臭があります。

表現するのは難しいですが、猫の全身から古いおしっこのような匂いがします。

多頭飼育崩壊現場の猫と知らなくても、ここの現場の猫はトイレが管理できておらず、すでに崩壊しているか予備軍であると分かります。

仔猫を食べてしまうことがある

猫は単独行動が好きな動物であるため、過密な環境では強いストレスを感じます。

母猫の出産では、母猫が他の猫に襲われたり、仔猫が襲われたりします。

また、強いストレスを感じた母猫は、出産直後に自分で仔猫を食べてしまうことがあります。

跡形もない場合もありますが、仔猫の首だけが残っていることもあります。

結果として、成猫が50匹いても、仔猫は数匹しか残されていない場合が多いです。

どれだけの命が生まれて、すぐに失われてしまったのか、心の痛む現場が多いです。

多頭飼育崩壊をどうやったら解決できる?

押入れに猫いた!

上記にあったように、多頭飼育崩壊の原因はひとつではありません。

様々な要因がいくつも重なって起きることが多いです。

そのため、本来であれば飼い主に対して様々な形でのアプローチが必要です。

動物愛護ボランティア、行政、民生委員、社会福祉事業者、社会福祉法人、動物病院などが協力して、飼い主が多頭飼育崩壊してしまった原因を考えながら、解決していくことが理想です。

しかし現状は、動物愛護ボランティアに丸投げの場合がとても多いと思います。

ボランティアが主導で不妊手術や医療処置をして、そのまま飼い主が飼育を続けて徐々に動物の数が減っていくのを待つか、ボランティアが動物を引き取って譲渡活動につなげていきます。

多頭飼育崩壊の現場に入るボランティアの負担も大きく、猫の不妊手術や飼育環境改善を行うだけでも大変な労力が必要です。

全ての動物を引き取って譲渡することは、長い時間と莫大な費用がかかります。

動物の問題だけでは解決できず、飼い主のケアも大切です。

多頭飼育崩壊によって、ご近所との人間関係が良くないと、孤立して誰にも助けを求められないことがあります。

収集癖があるアニマルホーダーは、一度動物がいなくなっても、しばらくすると動物を集め始める可能性があります。

多頭飼育崩壊の家を改善していくために、最低限糞尿の掃除や溜まったゴミの片付けを行い、飼い主に猫の正しい飼育のやり方を伝えます。

また、経済的に困窮していることも多いため、エサや猫砂の支援が必要な場合があります。

賃貸の場合、引越しを勧告されていることがあり、引越しした後のことも考えなくてはいけません。

定期的に飼い主の状況を確認して、衛生的に飼育できているか、動物を集めていないかを注視しなければ、同じことが繰り返されます。

これだけのことをボランティアだけで行うのは、大変な犠牲を払う必要があるため、行政などとの連携を速やかに行えるような仕組みづくりが求められていると思います。

まとめ

多頭飼育崩壊現場の隣家をお借りして全頭手術を行いました

多頭飼育崩壊は、誰にでも起こります。

動物の繁殖力の知識がなければ、たとえ経済的貧困がなくても短期間で崩壊します。

一度崩壊してしまうと、自力で解決することは難しく、たくさんの人の助けが必要になります。

愛情をもって飼っていたはずの動物は、エサが足りずに痩せこけ、ケンカが絶えず、仔猫が生まれてもすぐに死んでしまいます。

こういったことが誰にでも起こるのだと知ることが大切です。

自宅で出産させることはとても危険です。

万が一、妊娠や出産をしてしまった場合は、なるべく早く対処しましょう。

頭数が少ないうちに動き始めれば負担が少なくて済みます。

また、ご近所付き合いの中から、少しでも早く多頭飼育崩壊の予兆に気づけると動物の被害が減らせます。

多頭飼育崩壊が疑われる家の特徴は次のようになります。

いつも窓とカーテンを閉め切っていて、家全体から異臭がする。

窓のカーテンの隙間から、複数の猫が見えた。

飼い主が毎回大量のフードを購入している。

このような様子は近所の人にしかわかりません。

もし異変に気がついた場合は一人で悩まず、近所の人と相談する、行政に連絡をするなどの行動をとる事で、解決策がみつかるかもしれません。

社会全体で見守り、多頭飼育崩壊を未然に防ぐことができれば最良ですが、崩壊したとしても行政と連携し、早期に動物と人の問題を解決できる仕組みづくりが必要だと思います。

ボランティアによる現場の清掃
ゴミがなくなると広々します
現在はほとんどの猫に里親が見つかったそうです
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