卵巣子宮全摘出術と卵巣摘出術の違い

稲垣将治
獣医師
猫の問題を減らすために日々奮闘
2014年野良猫の不妊手術専門病院開業
2019年保護猫カフェさくら開業

同じ犬猫の不妊手術でも、手術のやり方(術式)はたくさんあります。

縫合のやり方や臓器の切り方などは、獣医師によって千差万別です。

不妊手術のやり方は、大きくわけて2つあります。

卵巣子宮全摘出術らんそうしきゅうぜんてきしゅつじゅつ(全摘)と卵巣摘出術らんそうてきしゅつじゅつ(卵摘)です。

全摘ぜんてきといったら卵巣と子宮の両方を摘出すること。

卵摘らんてきといったら卵巣だけ摘出する方法です。

これらの違いのメリットやデメリットをご存じない方も多いと思います。

今回は全摘と卵摘の違いを、獣医師の目線からご紹介します。

目次

卵巣と子宮の解剖学

メス猫の生殖器の模式図
わかりやすくするために、卵巣は青色、子宮はピンク色です

解剖学と聞いて眠くならないで下さい。(笑)

手術を理解するために、解剖学はとても大切だからです。

ではいってみましょう!

内部生殖器は3つ

体の中にある生殖器のことを内部生殖器ないぶせいしょくきといいます。

メスの内部生殖器には卵巣らんそう子宮しきゅうちつがあります。

卵巣と子宮があって初めて妊娠できます。

手術では卵巣だけ切除するか、卵巣と子宮の両方を切除します。

卵巣、子宮、膣の役割

卵巣は卵子がつくられる臓器です。

卵巣は発情を起こす女性ホルモンも作っています。

卵巣から出た卵子は子宮の中で精子と合体して、受精します。

受精した卵子は受精卵になり、子宮に着床ちゃくしょうして胎児に育っていきます。

つまり、犬や猫の赤ちゃんが誕生するためには、卵巣と子宮のどちらも必要ということです。

出産時は、子宮で育った赤ちゃんが膣を通って外へ出てきます。

膣は赤ちゃんが出てくる産道です。

卵巣と子宮の位置

卵巣は腎臓の少しお尻側にあります。

猫の卵巣は、1cmもないくらいの小さな臓器で、腎臓の近くに1個ずつ、合わせて2個あります。

子宮は長くて5cmくらいあります。

卵巣とつながっていて、骨盤の中まで続いています。

骨盤の中で膣と繋がっています。

全摘と卵摘では皮膚を切る位置が違う

卵巣摘出術の切開部
左が頭側、右がお尻側
ヘソのすぐ下を切開します
子宮卵巣全摘出術の切開部
左が頭側、右がお尻側
ヘソと骨盤の真ん中を切開します

写真は、猫の卵摘と全摘の切開部をあらわしています。

左が頭側、右がお尻側です。

少し赤い乳首が4つ見えますが、左側の乳首の間に白く見えるのがヘソです。

卵巣は腎臓のすぐ近くにあります。

卵巣だけ切除するなら、ヘソのすぐ下の皮膚を切れば手術できます。

しかし、卵巣と子宮の切除(全摘)では、ヘソと骨盤の真ん中を切る必要があります。

手術のやり方によって、皮膚を切る位置が変わります。

卵巣と子宮の血管

卵巣と子宮には別々につながる血管があります。

卵巣の血管は、図で見ると頭側の太い血管から流れてきて、卵巣にむけて枝分かれする血流です。

卵巣の血管は細いため、損傷してもそれほど出血は多くありません。(猫の場合)

子宮の血管は、図で見ると尾側の膣の方から流れてきて、子宮に入る前に枝分かれする血流です。

子宮の血管は太く、損傷すると出血が多いです。

特に妊娠中の子宮への血流は通常の10倍と言われ、妊娠子宮の血管を傷つけた場合は大量出血します。

卵巣よりも子宮につながる血管が太いため、出血を起こしやすいのは卵巣子宮全摘出術です。

卵巣摘出術はどうやるか?

卵巣摘出術

卵巣摘出術(卵摘)は卵巣だけを摘出てきしゅつする手術です。

図のオレンジの丸の部分だけ切除します。

そのため、子宮は体の中に残ります。

手術のやり方は、下の図の紫色のところで、血管の結紮けっさつと卵巣の切除を行います。

卵巣を摘出するだけで、発情するためのホルモンが作られなくなり発情がなくなります。

また卵子も排出されなくなり、妊娠することもなくなります。

これだけでも十分に不妊の効果があります。

のら猫先生

血管の結紮けっさつとは、手術用の糸で血管をしばって止血することです。
動物病院によっては、特殊な装置を使って糸を使わずに止血していることもあります。
メリットは、止血の時間が短くなり、体内に糸が残らないことです。
しかしコストが高いため、のら猫の手術では一般的ではありません。

卵巣摘出術

卵摘は2回卵巣をつり出す必要がある

卵巣は左右に2つあるという説明をしました。

卵摘の手術は、最初に片方の卵巣をつり出して切除したら、もう1回逆側の卵巣をつり出して切除します。

つまり、2回卵巣をつり出す必要があります。

全摘の場合は、1回つり出した子宮をたどって逆側の卵巣までつり出せます。

つまり全摘の場合はつり出す回数は1回のみです。

どちらの術式にもメリットとデメリットがあります。

確認していきましょう!

のら猫先生

「つり出す」とは子宮吊出し鉤しきゅうつりだしこうという器具を使って、小さな切開部から子宮や卵巣を体の外へ出すことです。
切開部が大きければ、指で触りながら子宮と卵巣を見つけることができますが、切開部が小さい時はこの器具を使ってつり出しが必要になります。

卵摘のメリット

卵摘のメリットはこちらです。

ひとつずつ見ていきます。

  • 手術が簡単
  • 出血のリスクが少ない
  • 小さい傷で手術できる

手術の行程が少なく簡単

卵摘は卵巣のみを切除する手術方法です。

血管の太い子宮を切除しないため出血が少なく、手術の行程も短く簡単です。

出血が少ないため、経験の少ない獣医師も安全に手術しやすい方法です。

腹筋を切る時に出血が少ない

腹筋の真ん中の縦にまっすぐな白い線が白線

腹筋の正中には白線という部分があります。

手術の時に白線に沿って切開すると、腹筋からの出血が少なくてすみます。

腹筋の白線ではない部分を切開すると、筋肉からの出血によって手術がやりにくくなります。

猫の負担を少なくしようと、切開部を小さくすると、白線を見つけるのが難しいことがあります。

白線は猫によってとても見えにくいこともあるので、切開部が小さいとより見つけにくくなるのです。

ヘソの近くの方が白線が見えやすいため、白線を見つけるのは卵摘の方が簡単です。

結果として、卵摘の方が出血量が少なくなります。

小さい切開部で手術できる

卵巣だけ切除すればいいため、臓器を無理に引っ張る必要がありません。

細長い子宮つり出しこうをいう器具を使って、子宮をつり出すことができれば卵巣は無理なく摘出できます。

前述した通り、のら猫にとって切開部の小さな手術はメリットが大きいです。

卵摘のデメリット

卵摘のデメリットはこちらです。

ひとつずつ見ていきます。

  • ごく稀に子宮蓄膿症になる
  • 人為的なミスによって卵巣が取り残される
  • 妊娠時や子宮の病気の場合は全摘が必要

子宮蓄膿症になるリスク

犬や猫でよくある病気の一つに子宮蓄膿症があります。

子宮に膿がたまり、全身状態が悪化する病気です。

「卵摘だと子宮が残るため、子宮蓄膿症になる可能性があるのでは?」

と、ボランティアさんたちが気になるようです。

教科書に記載のあるデータとしては、卵摘の場合でも子宮蓄膿症になることはないとされています。

しかし、1万匹くらい卵摘した中に2匹だけ、手術した後すぐに子宮蓄膿症のようになった猫がいました。

かなりまれと言えますが、子宮蓄膿症になるリスクはあります。

卵巣が取り残されるリスク

卵摘の特徴である2回つり出す手術を、一日に何十匹も繰り返していると、人為的ミスが起こることがあります。

全摘の場合は、一度つり出して両方の卵巣と子宮を切除するため、人為的なミスの可能性はありません。

この場合の人為的ミスとは…ひとつめの卵巣を摘出し、ふたつめの卵巣も摘出したつもりが、実際はひとつしか摘出しないままお腹を縫合してしまうことです。

片方の卵巣が残っていれば、猫は妊娠可能です。

妊娠時や子宮が病気の場合は全摘が必要

手術前は卵摘をしようと思っていたけど、妊娠や子宮の病気が手術中に分かることがあります。

この場合は、手術の途中で全摘に術式を切り替える必要があります。

途中で術式が変わると、手術の傷が大きめになることが多いため、猫には良くありません。

卵巣子宮全摘出術はどうやるのか?

卵巣子宮全摘手術

卵巣子宮全摘出術(全摘)は、卵巣と子宮を両方とも取ってしまう方法です。

手術のやり方は、下の図の紫色の部分で血管を切除して、卵巣と子宮の両方を切除します。

血管を結紮けっさつする部分が多いので、手術にはやや時間がかかります。

卵巣を切除するだけで妊娠できないのに、両方とも取る必要があるの?という質問もありそうです。

全摘のメリットとデメリットを紹介しながら、疑問にもお答えしますね!

卵巣子宮全摘手術

1回卵巣をつり出すだけでOKだけど…

卵巣と子宮はつながっています。

そのため、1回卵巣をつり出して子宮をたどりながら、反対側の子宮と卵巣をたぐり寄せることができます。

1回つり出せばいいなら、絶対にお得な手術だと思いますよね?

それが、そうでもないのです!

出血しやすかったり、小さな切開部で手術を終えるためには、高度な技術が必要とされます。

全摘のメリット

全摘のメリットです。

ひとつずつ見ていきましょう!

  • 子宮蓄膿症や子宮の病気にかからなくなる
  • 妊娠時や子宮が病気の場合も同じ術式で対応できる
  • カルテの記載が楽
  • ボランティアさんに人気
  • 慣れると手術が速い

子宮蓄膿症や子宮の病気にかからなくなる

子宮も切除してしまうため、原則として子宮の病気が後から発生する可能性はなくなります。

もちろん子宮蓄膿症も起こりません。

妊娠時や子宮が病気の場合も同じ術式で対応できる

妊娠時や子宮が病気の場合でも同じ術式で対応できるため、やや大きな切開部にはなりますが、必要以上に大きな傷になりません。

カルテの記載が楽

カルテには術式の記載が必要ですが、頭数が多いと、卵摘だったのか全摘だったのか記載するのも少しずつ手間です。

記載漏れや記載ミスが起こる可能性もあります。

すべて全摘であれば、あとは妊娠か病気の子宮であるかの記載で済みます。

ボランティアさんに人気

全摘はボランティアさんに人気があります。

卵摘だと子宮蓄膿症になる可能性があるのでは、と考える方が多いようです。

前述したように、その数は決して多くはありませんが、ないこともないというのが僕の感覚です。

慣れると手術が速い

全摘は手術の行程が多いですが、卵摘は小さな切開部で子宮をつり出そうとすると時間がかかることがあります。

慣れると全摘の方が短時間で手術ができます。

全摘のデメリット

ボランティアさんに人気の全摘ですが、デメリットもあります。

ひとつずつ見ていきましょう!

  • 小さい切開部で手術する難易度が高い
  • 卵巣を一部取り残してしまうリスク
  • 出血のリスク

小さい切開部で手術する難易度が高い

全摘は、大きくお腹を切ればそれほど難しい手術ではありません。

しかし、大きく切るほど縫合に時間がかかり、麻酔の時間が長くなります。

時間がかかると、1日にたくさんの手術をすることができません。

のら猫の不妊手術をする病院にとっては致命的なので、なるべく小さな切開部で短時間で手術しようとします。

ところが、小さな切開部で全摘をしようとすると急に難易度が高くなります。

小さく切開した箇所から卵巣や子宮を引っ張りながら切除するため、難しくなってしまうのです。

卵巣を一部取り残してしまうリスク

卵巣は万が一、一部だけでも取り残すと再生して猫が発情してしまいます。

全摘と卵摘の術式を比べると、全摘の方が卵巣の取り残しが多いというデータがあります。

全摘は卵巣や子宮を引っ張りながら手術するため、卵巣の一部を取り残すリスクが高まります。

出血のリスク

切開部は大きい方が、視野が確保されて手術しやくなり、出血のリスクは低くなります。

小さな切開部で卵巣や子宮を引っ張れば、思わぬところから出血する可能性があります。

猫のために小さな切開部で手術すると、リスクも高まることを考慮しなくてはいけません。

まとめ

相談者様

全摘と卵摘のどちらの方がいいですか?

と質問されたら、

のら猫先生

どっちでも大丈夫です!

とお答えします。

動物病院の先生が、もっとも安全に手術できる方法で手術するのがいいと思います。

メリットとデメリットを考慮して、希望があれば相談してみて下さい。

当院では、手術の速さと効率性の良さを重視して、どの月齢でも全摘を採用しています。

日々研鑽けんさんを重ねながら、より良い方法があればまた再検討したいと思います。

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